中国が誇る世界遺産『万里の長城』で大変なことが起きています!

 
万里の長城といえば、ユネスコの世界遺産に登録され、新・世界七不思議にも数えられている巨大な壁の形をした建造物ですが、その大部分がなんとコンクリートで舗装されているということで、批判が集まっています。


 
上の動画を見てみると確かにコンクリートのようなもので舗装されているのが見て取れます。

本来コンクリートの使用を文化財の修復に使用するのは禁止されています。修復に携わった責任者もコンクリートの使用は否定していますが、もはや修復前の原型がなくなってしまい、破壊したほうがマシだ!という声まで上がっています。

 
一体万里の長城で何が起こっているのでしょうか?万里の長城の歴史も合わせて解説していきます。




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1.万里の長城の建築の歴史

万里の長城

万里の長城はあまりにも長い建造物として知られていますが、その長さは中国の国家文物局による公式発表によると、2万1200kmにも及ぶとされています。

位置としては東端が遼寧省虎山というところにあり、西端が甘粛省嘉峪関というところにあります。1987年には基準を満たしたとされて世界文化遺産にも登録されました。

 
最初に長城が建造されたのは中国が春秋戦国時代(紀元前770年~紀元前221年)だった頃で、その目的は主に北方からの異民族の襲来に備えるためでした。

その後の秦の時代の始皇帝によって、北部に作られた3か国の長城を繋げて大長城という形にしたとされて、その東端は朝鮮半島にも及んだといいます。

 
さらに時代は進み、明王朝の第3代皇帝永楽帝の時代に首都を遊牧民族の拠点に近い北京へと移した後で、元の再来に備えるために既に建てられていた長城の再強化を施すことにしました。この強化は北方の国境のほぼ全域に上り、長城はようやく現在の形になったとされています。




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2.修復ではなく破壊だと批判する声も!

万里の長城は多くの観光者にとってロマンを掻き立てる屈指の文化遺産です。

しかし観光化されている以外の大部分が長い間管理も修復のされないまま放置されて、「野長城」と呼ばれるほど荒れ果てていて損傷が激しいこともあり、数年前から修復計画が始まりました。

 
ところが蓋を開けてみると、なんとその大部分はあたかもコンクリートで塗り固めた舗装道路のような形状になってしまったのです。この場所は遼寧省の「小河口長城」と呼ばれる一角で、観光客向けに整備されていない野長城の中でも最も美しい場所と言われていました。

 
国連教育科学文化機関ユネスコによると、万里の長城の保護と修復は、中国国家文物局が中心的な役割を担っています。

同局は地方政府に対し修復作業を指導する立場にありましたが、「全ての文化と歴史を台無しにしてしまった。」と後悔したかのように語っています。

 
しかも本来使われるはずのしっくいではなく、文化財への使用が禁止されているコンクリートが使われた疑いも出始めています。

また施工から2年近く経過し、陥没や隆起が発生するなどの不具合も出ているそうです。コンクリートが使われたことについては、実際にセメントを運んだ村人などが証言しています。

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ネット上で写真が拡散されると、案の定激しい怒りの声が相次いで、「もはや破壊したほうがマシだ!」などという意見もあります。しかもコスト削減のため、余ったセメントは山中に廃棄され、野ざらしのまま固まっていると言われているそうです。

 
今回舗装された部分は万里の長城の中でも人気が少なく、訪れる観光客も少ないということもあってなかなか重要視されずこのような杜撰な修復になったと予想されます。

 
中国政府は現在は修復作業の審査を行っているようですが、果たして修復された部分はこのままの形で存続されるのでしょうか。このままでは「万里の長城」ではなく「万里の道路」になってしまいそうです。

 

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