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4月28日の主権回復の日に賛否両論! 沖縄などでは猛反発!

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今回は4月28日の主権回復の日について語ります。主権回復と名前にあるけど、具体的にどういった日なの?祝日じゃないの?という声もありますが、もちろん日本の歴史上かなり大事な日です。

 
この日は1952年にサンフランシスコ講和条約が発効された日で、戦争に負けてGHQに占領されていた日本の主権が回復した日です。2013年に第2次安倍内閣によって制定されて同年4月28日には政府主催で式典も開催されましたが、この式典には多くの批判が相次ぎました。

日本の主権が回復した経緯と式典について賛否が分かれる理由もわかりやすく解説していきます。




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敗戦とGHQによる占領政策

1941年12月8日に日本軍がハワイの真珠湾を攻撃したことで太平洋戦争が勃発しました。4年後の1945年8月15日に日本がポツダム宣言を受諾して敗戦、これをもって戦争が終わったわけですが、それ以来アメリカ、イギリス、オーストラリア軍人らによって構成されたGHQによって占領されることになります。

このGHQの目的は日本にポツダム宣言を忠実に執行させるという一種の見張り役のような感じです。それと同時に日本の非軍事化、思想や集会など言論の自由を制限していた法律を廃止して徹底した民主化を推進させて、親米国への仲間入りをさせるという狙いがありました。

この長いGHQの占領は1952年に終わりを迎えることになりますが、ここまで長引いたのは当時の吉田茂元総理の考えに基づいています。もし早期に主権を回復しようとすると、イタリアのように多額の賠償金を支払ったり、領土の分割を迫られる恐れがあったためです。

健全に戦後の日本を復興させるためにはそうした事態は避けなければいけないので、日本はよき敗者として振舞うことに尽力して、連合国に対して有利になるような時期を見計らっていたのです。




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単独講和論と全面講和論の対立

サンフランシスコ講和条約

 
日本が主権を回復する上で壁となった議論が単独講和論と全面講和論の対立です。この対立は分りやすく言えば、アメリカなどの連合国のみと講和条約を結ぶのか、それともソ連や中華民国を含めて全ての国々も含めて講和条約を結ぶのかという議論です。

当時の世界情勢を振り返ればわかりますが、第二次世界大戦終結後は、中国では共産党政権が樹立し、朝鮮半島は北と南に分かれるなど徐々に悪化して共産主義国側と資本主義を掲げた自由主義国側との対立(いわゆる冷戦)する時代に突入します。

 
こうした国際情勢の影響から、単独講和ではアメリカなど連合国側との平和条約で事実上ソ連や中国と対立する側に立ってしまいます。こうなることを恐れた人たちは、ソ連や中国も含んで講和条約を結んで、冷戦構造の中で中立の立場をとろうと主張しました。

つまりヨーロッパで言う永世中立国のスイスと同じような立場になるべきだということです。しかし当時の内閣総理大臣の吉田茂氏は「永世中立とか全面講和などは、到底行われないこと!」と批判して単独講和への道を歩みます。また米ソが対立しているという緊迫した国際情勢化で全面講和という形にしてしまうと、占領しているアメリカの神経を尖らせてしまい結果的にアメリカによる占領が長引いてしまうという懸念がありました。

 
結果として日本は単独講和という形で1952年4月28日に吉田茂総理のもと平和条約が締結され、主権を取り戻し国際社会への復帰も果たしことになります。

ただしその見返りに日米安全保障条約という軍事条約も結んで、米軍の日本本土への駐留が引き続き継続することになりますが、現在でもこの米軍の駐留がいろいろな諸問題を引き起こしています。そういった意味ではいまだに日本の真の独立は果たされていないという意見を言う人もいます。

 

政府主催の式典に賛否両論!

2013年第2次安倍内閣によって、4月28日の主権回復の日に政府主催の式典を開催することになりました。長い占領を終えてめでたく主権を回復した日なので式典を催すのは一見当然のような見方もできますが、批判する人も少なくないです。

その原因となっているのは、沖縄・奄美・小笠原が引き続きアメリカの施政権下におかれたことです。実際沖縄の県民にとっては4月28日は「屈辱の日」、奄美群島の人達も「痛恨の日」として定めています。日本の本土のみが主権回復されたという事実に対して沖縄や奄美などが切り捨てられたという怒りや失望の声がとても強いのです。

それにも関わらず政府主催で式典を開催するというのは、そういった地方に住む人たちを切り捨てたというもので極めて無神経だと、左派系のメディアや識者を中心に批判が強いのです。
(一部の右翼系団体も「真の意味で主権を回復した日とは言えない。」として抗議したそうです。)

 
このように一見おめでたいような感じに聞こえる主権回復の日も、沖縄と奄美と小笠原諸島が本土復帰されなかったという事実があることを忘れてはいけません。

以上4月28日の主権回復の日についての解説でした、最後までご覧いただきありがとうございます。できれば以下の記事もどうぞ!

安倍総理が真珠湾を訪問! 太平洋戦争はなぜ起きたのか? 陰謀論とは?

このままでいいのか?若者の政治的無関心

 

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